ほどほどの好意を格好いい漢字二文字か三文字でどんな風に言い表せばいいのだろう。べたべたしないやつがいい、乾いていて、多少の距離を含んでいて、君の迷惑にならない様な。
好きだ、と率直に言って、言霊が相手に拒絶されたときに俺の前の濃縮された空気の盾みたいなのが崩れるのが嫌いだ。一瞬むき出しの俺が晒される羽目になるからだ。
この歳になるとそれを回避することくらいお手の物だ。俺は欲に率直だから、人、特に女を好きにならない、と更に手前で立ち止まることはしない。好きになられる事も拒絶しない。要はその次の段階で、適度に思ってるとか思われてることを容認する様な生ぬるい言葉を並べ立てていればいいのだ。
「だって、俺だけ熱くなるのはエネルギーの無駄使いだと思わないか?」
「殊勝だな、お前はエネルギー無駄使いするのが好きなんだと思ってたよ」
「光熱費のことなら黙っていてくれ」
計算された熱さが心地よい。冷暖房で温度調整された部屋が快適なのと同じ、バトルフィールドを隔てた相手の顔がぼやけて見えるのが丁度いいのと同じ。駆け引きの様に、淡々と。色恋の類も、近づくだけ近づいたねじれの関係が一番落ち着く。
「どこぞから拾ってきた子を押し倒したけりゃそうしたらいいんだ。名前を訊くとアウト」
「私はその、どこぞから拾ってこられた子なのかしら?」
おどけた調子では言った。
「似ていて非なるもの、だろ。お前が勝手に俺をどうにかしようとしてるだけ」
「応えてはくれない?」
「…」
「意気地なし」
彼女の言葉にはっとする。物理的に反応しただけだと願う俺の掌の中で湯気を立てる紙コップが震えた。
「…」
「…怒った?」
「、そんなの言われなくても知ってるさ」
「そ、」
あと一歩進んだら、彼女の立つ地盤にひびが入るかもしれない。―常にそう思ってきた。踏ん反り返ったり大層な持論を並べて虚勢を張りいつまでも立ち尽くす俺を、は、脳内伝達物質が足りないんじゃない、と茶化した。その度に俺も彼女も磨り減っているように見えた。少しずつ、を殺していた。
「抱き締めても、いいか」
墨色の髪を一房掴んだ。中途半端に伸びた手は俺を道化にした。(熱量制御、失敗)彼女の鋭い眼光がすぐそこにある。息を止めて、俺の次の句を待っている。
言い訳、始め。…きっと俺の腕は生半可に彼女を囲う。俺がどれだけ力を込めれば抱き締めるっていう行為になるのかを忘れたからだ。…平たく言うと、を俺の指紋とか何とかで汚すのが怖い、これからもずっと。近づきすぎると戻れない。いつか彼女か俺のどちらかが崩れることも知っている。…言い訳、終わり。
「…ごめんな」
抱きついたのは俺ではなかった。足を氷の楔で地表に打ちつけられた俺の背中に、冷たく湿った指が当てられ、爪が次第に食い込んでゆく。
ただならぬ好意を(口に出してはいけない、)格好いい漢字二文字か三文字で(言ってはならない、)どんな風に言い表せば(言霊を乗せてはならない、)いいのだろう。(やめろやめろやめろ)
発された言葉に彼女の囁きが重なって、夜の帳に爆ぜた。
tense
デンヒカの大人でシリアスなお話ということでリクを頂いたものです