転生
荒野の崖っぷちに一輪、時間の花が咲いていた。人によって手折られる事を知らないその不思議な形の花の元に、一人の波導使いが歩いてきた。誰かの行方を追っているような彼の視界には先ほどからその花がしっかりと入っていた。つかつかと歩みより、彼は花に話しかける。
「ルカリオは一体いずこへと行ってしまったのだろうか…?離れて数時間経った、もうそろそろ帰ってきても良い頃だが…ここを通ったのか?」
彼がそう言って花に手を翳すとそれは不思議な光を吐き出し、虹色の空間を彼の周りに作り出した。そこに目隠しをしたルカリオが駆け足で通り過ぎる光景が写り、その姿が彼方へと吸い込まれた後花の幻は消えた。やれやれ、単に時間が掛かっているだけか、あいつもまだまだだな、と彼はひとりごちて、花の隣に腰を下ろした。
花は当然ながら何も喋らなかった。ただ風が吹きぬけて、時折ムクホークの高い鳴き声がロータの起伏の多い荒地に響いた。彼−アーロンは暫く花を見つめていたが、それが本物の時間の花で決してメタモンではないしレプリカでもないという事を先刻確認したのはまぎれもない自分だ、という事を一人で合点して至極不思議そうな顔をした。
「おまえは不思議な花だ…本当に花なのだとしたら、いやはや花らしくない花だな」
それは不思議な花だった。全ての生けるものは波導を発する。それは決していかなる他の誰とも重ならない、一種のアイデンティティだ。しかしそれにもいわゆる「種族値」のようなものはあり、人間らしい波導とポケモンらしい波導は少し異なる。それは花の波導とて然りだ。
「アーロン様!ただ今戻りました」
「ルカリオ…丁度いい、まだ目隠しを外すなよ…いいか?私の隣に在るのは何だと思う?」
「これは……静かな動…?しかし花の香りがしますが…」
「この花の波導は…何か違う。何故もこんなに活きているのか、花の波導の特徴である静が感じられない代わりに…まるで今にも足が生えてきて歩き出しそうな、そんな感じがしないか?」
アーロンが次にその花に会ったとき、花は壊されていた。繊細なガラス細工のようなそれは、崖を駆け上がった何者かに蹂躙されていた。今や城や周辺、いや、ロータ全体が戦場になろうとしていた。不穏な空気どころか、空は濁り、遠方から攻め入る二つの軍勢の足音がすぐ近くまで迫っていた。勇者としての決断を強いられた彼の目に映った花の最期は時の無常を教えていた。
「おまえは生まれてくる時に間違えたんだ、そうだろう?おまえの波導は躍動する何かのそれだった。しかしおまえは結果花として凛と活きその最期を遂げた。私も一人の人間としてはまだ生きて生きて、ここ一箇所だけに留まらずに各地を相棒と一緒に旅してみたかった。しかし私は波導の勇者として今やこの国と一蓮托生だ。この際になってそれも良いと思えるようにはなった…」
遠くで雷鳴が轟き、嘶きや雄たけびが上がり始めた。早く行かなくては、と彼は自分に言いながらも、花を見つめながら先を続けた。
「ただ一つ我侭を言えるのであれば、もう一度この世に人間として転生したいものだ、願わくばルカリオと一緒にな。今度こそ醜い争いのないところで、国家などからは離れてそっと旅をしたい…転生したお前とも会えるかも知れない、その時おまえはやはり花なのか、それとも…」
花は美しく蒼く燃えて灰になり、波導の勇者はピジョットの背中に乗って飛び立った。
□□□
背後から僕を呼ぶ声がして、ふと耳を澄ます。大分遠くから呼んでいるらしい。恥ずかしいな、こんな大通りでさ。
「ゲンさん!お、お久しぶり、ですっ!あ、あの、今からバトルタワーい、行くんですかあ?」
声の主はだった。僕が返事をしなかったから彼女はすっ飛んできてくれたらしい。大分息が上がっているのか、はあはあ言っている。
「うーん、行ってもいいし行かなくてもいいかな。でもせっかく君が来てくれたから、マルチバトルに挑戦する?」
「あ、はい!お願いします!」
そして始まるマシンガントーク。この間のシングルバトルの成績が悪かっただの、昨日は大湿原で沼にはまったりポケモンを捕まえたりしていただの、地下でヒョウタくんに会っただの他愛のないことを聞かせてくれる。
なんとなく気になるとは行く先々でよく一緒になる。これぞ縁(よすが)というやつか。くるくると変わる表情、エネルギッシュだなあ、と思う。若さ故か?などと考えたりして思わず苦笑する。僕だってまだそんなに老けてはいない。むしろ今が一番成熟期なんじゃないか?
「ね、それで…聞いてます?」
「ああ、ごめん、ちょっと考え事を…あのさ、ってその、何と言うか…活きてる、って感じがするって思ってたんだ…」
「あ、それよく言われます!でね、私思うんですけど、きっと私前世は植物か何かだったんですよ、その時静かだったから反動で今活発なんです」
そんな極端な話があるのかい?でも少し納得してしまうのは何故だろう。
僕の前を進む彼女は日の光に透き通るような瑞々しさで、不覚にも僕は水晶の様な植物を想像してしまった。(ありえない、か、やっぱり)
当事者達でさえ時間の花が最後に起こした時の奇跡のことは知らない−