lesson 2
(みんなみんな灰になればいい)


小洒落ても栄えてもいない場末の飲み屋で、一組の男女がテーブルを中心に向かい合って座っていた。一方は普段の陽気な調子をなくし、もう一方はこれまた普段とは違い異様に饒舌になっていた。きらびやかな衣装を、尊厳を、肩書きを脱ぎ捨てた彼女は別人のようにも見えた。
「マキシさん、ここに来て最初に発した言葉、覚えてますカ」
「…いいや」
なんせ大昔の事なんでね、と俯いたまま答えた彼の方を見ずに彼女は続けた。
「私は覚えてますヨ」
会話を成立させることを目標としていないのか、言葉を発さないマキシを無視し彼女は大仰な身振り手振りと共に朗々と語りだした。雪解けの水のように彼女の口から溢れ出る言葉はこの地方では異質に響いた。
「―――Xecesu em, ei nawan kown wreeh ei ma... Ei yam douns eddarret, tub ei ma roiusis… 誰も聞いてくれなかったけれど。立ち止まってさえくれなかった。よく考えたら、街の中心で叫ぶ変な女の為にたち止まる暇な人なんていないってことは分かったのにね。私の国で同じことやったらケイサツよばれてたかも、みんなが内容分かってるだけに。…どうしてもこの二文が忘れられない。私のとこではありふれた常套句よ、通りすがりの人たちに小銭をせびる乞食が使う、ね。けれど私が忘れられないのはその理由からじゃないの。あれほど空虚に響いた音を聞いたことがなかった。いいえ、響いていなかった。銀河とか壁のない部屋相手に叫んでるみたいだった。何も還ってこない、憐れみや救いの手はもちろん、お咎めも叱責すらも」
彼女は言い終えるとはあはあと肩で息をついた。目に浮かんだ水の粒を指差しながら更に何か言おうとした彼女の方にいつの間にか立ち上がったマキシが手をそっと置いた。
「ここの言葉、上手くなったな」
眉根を寄せた彼女に彼は言った。 「もうそろそろ、語尾のカタカナは不自然になってきているはずさ―意思の疎通ができないことを、言語の断絶の所為にするのはもうやめたほうがいい」
彼女の美しい目の淵から涙がこぼれた。風が揺らし続けるガラスのはめられた戸の方へ彼は歩んでいった。
「君の所為じゃないよ、奴らにはわからないだけなんだ」
数センチ開いた引き戸から飛び込んできた氷のような水滴が店の床を塗らした。