渚の少女と灯台の必要性
この世はゴミで溢れ返っている。俺達の中の約一割が星屑だとすると、残りの九割はただの屑だ。情報の氾濫と錯綜のお蔭で人々に星屑を見分ける眼は今やない。メディアの副産物、高度資本主義社会が通りすぎた道程に堆く積もる塵、叶うことのない夢の跡。来る日も来る日も閉塞感の塊とでもいうようなジムで風に吹かれどこからともなく現れる塵埃の相手をしている俺は、退屈、の二文字に嬲り殺されつつあった。或いは、某アフロ曰く、死んだ魚の目をしているらしい俺はもう半分くらい死んでいるのかもしれない。
退屈。俺がそのたった二文字に逆らうのにどれだけ苦労したか。俺はポケモンのエネルギーで新しい世界を作るとか、そんな大仰な事は企んでいなかった。目先の退屈への対処として一番に思いついたのはジムの改造だった。適度に派手な仕掛けを作れば、侵入してくる塵埃の数を減らす役にも立つかもしれない、一石二鳥だと思った。
脳裏に同業者の言葉が浮かぶ。「世の中そんな上手くいかないさ、それより今日炭鉱でボク、新しい化石を―」
上手くいったのだ、停電以外は。最も、停電すら俺自身にはなんでもなかった。
そういえば、その夜に変な女と会った。俺が街の喧騒から離れ(「この街をこんなにした張本人はどこだ!ひ き ず り だ せ !」「いないわ!ジムは閉まってた!」)海岸で星を数えながらセミセンチメンタルメランコリズムに浸っていると、どうやら岩場の陰にいたらしいそいつはどこか不器用そうにこちらに向って歩きながら、唐突に「また灯台に引き寄せられちゃった、」と言った。蛾が人語を話せるなら言いそうな一句である。俺は次の一句をつなげようか考えていた。何故か?敢えて言うなら退屈だったから。
けれどちょうどその時、街の方から騒がしい足音が聞こえて悲しいかな俺はたちまち捕らえられてしまった。作業員らしきオッサンが俺の腕をひしと掴み、馴れ馴れしくがなった。「折り合いつけようじゃねぇか、ジムリーダーのデンジさんよぉ」
意思なく引き立てられていく俺の目を彼女はじっと見ていた。
次の日俺が彼女の生存を確認しに行った時、前日とほぼ同じ場所に彼女は立っていた。まったくもって、不審な女だ。彼女は俺の切れた口を見て、大丈夫ですかデンジさん、と訊いてきた。何やら本気で心配してくれているようで、すこし蒼ざめたその顔が純粋に可愛いと俺は思った。
「あんた、退屈って言葉知ってるかい?」
「え、あの」
「訊きかたが悪かった。あんたは退屈じゃないのか?こんな何もないところで一日中海を見ているのは」
「…海を見ながらいろいろ考えるんです。アサギの海は今何色かな、とか、アカリちゃんのこととか。その度に私は強くなりたい、そうじゃなきゃ帰れないって思うんです。するとやる気がちょっとだけ湧いてきて―それだけのことなんですけど」
アサギ。名前だけは聞いたことがある、確かジョウトの港町か何かだ。察するにそいつはそこからここまでおそらく自分の意思でやってきたのだろう。なんというか、芯の強いやつだ。俺も今まで、(実は今でも)退屈を紛らわすために旅にでも出ようかと思っていた。このままジムリーダーとして燻っていることよりも、それはよっぽど魅力的だった。けれど俺は一時的にその野望を忘れる事にした。目の前のこの女に多少興味を持ったのだ。こいつと飽くまで話して、それからまた考えよう―
(そして俺がこいつ(ミカンというらしい)のよくわからない魅力とかそういうのに惹かれていっているうちに、オーバいちおしらしいトレーナーというのがジムに来た。俺はいとも簡単にそいつに負け、続いて来たせわしなく動くトレーナーにも(「なんだってんだよー!この仕掛け!」)あっさりと負け、今はミカンと修行に明け暮れている。それも悪くない、むしろ良い。退屈のあまり捏ねていた理屈すら忘れる日々だ。)